ベートーヴェン・ヴァイオリンソナタ第1番

ベートーヴェン:ピアノとヴァイオリンソナタ第1番 作品12-1

作曲年 1797~1798(27~28歳)

~同じ年に作曲された作品~
1897~1898年 ピアノソナタ第8番「悲愴」 作品13
1898年 ピアノソナタ第9番 作品14-1




ピアノとヴァイオリンの為のソナタ第1番

ベートーヴェンの記念すべきヴァイオリンソナタデビュー作は、ベートーヴェンが27~8歳の頃の作品になります。

ベートーヴェンのデビュー作

ベートーヴェンの真の第一作目・作品番号1はピアノトリオで、24歳頃の作品とされています。

参考までに、ジャンル別の第一作を調べてみますと・・・

・ピアノソナタ第一番(作品番号2)23~5歳頃
・チェロソナタ第一番(作品番号5-1)26歳頃
・弦楽四重奏曲第一番(作品番号18-1)29歳頃
・交響曲第一番(作品番号21)29~30歳頃

となっています。

因みに、神童・モーツァルトは交響曲第一番を8歳、ヴァイオリンソナタ第一番を6~8歳、弦楽四重奏曲第一番を14歳で書きあげています。

また、神童・モーツァルトに対し『新の天才』と称されるメンデルスゾーンは17歳の時に結婚行進曲で有名な『夏の夜の夢』、リヒャルト・シュトラウスは18歳でチェロソナタというそれぞれ不朽の名作を書き上げている事を思うと、楽聖ベートーヴェンはやや遅いデビューと言えるかもしれません。

モーツァルトの影響

ベートーヴェンとモーツァルトは14歳差になります。

モーツァルトに憧れを抱き、16歳の時にモーツァルトに弟子入りしたベートーヴェンの初期の作品は、古典派様式に忠実で、かつ明るく活気に満ちた作品が多く、これらはモーツァルトの影響が指摘されています。

モーツアルトは全部で43曲のヴァイオリンソナタを書きました。

モーツァルトの最後のヴァイオリンソナタから10年後に発表されたベートーヴェンのヴァイオリンソナタデビュー作は、ニ長調という朗らかでワクワクする調性で書かれている事も有り、モーツァルトの影響が感じられる作品となっています。

そして、モーツァルトの影響を感じつつも、敬愛する先人を超えようとする気迫、ベートーヴェンの矜持も感じも事が出来、更に『ヴァイオリンソナタってこんなに楽しいんだよ!』とベートーヴェンに語りかけられている様な親しみやすい作品となっています。

ベートーヴェンのヴァイオリンソナタというと、スプリングソナタやクロイツェルソナタばかりが有名で頻繫に演奏されますが、この一作目・第一番のソナタ無くして、それ以降の名曲が生まれる事は無かったとも言えます。

初めてのジャンルに取り組むベートーヴェンの様々な想い・・・それは期待で有ったり、或いは先人と比べられる事に対する畏敬の念で有ったかもしれません。

その様な想いが沢山詰まった作品であり、ベートーヴェンの思い入れの深さを感じる作品でも有ります。

ベートーヴェンのヴァイオリンソナタを勉強する方は、スプリングやクロイツエルだけでなく、是非1番のソナタ、ベートーヴェンのデビュー作にも積極的に取り組んで欲しいな、と思います。

ヴァイオリンソナタ第一番を深く知る為に

ヴァイオリンソナタ第一番のリハーサルで、山口先生が『この部分に似ている!』等、例として挙げたベートーヴェンの他の作品です。

・ベートーヴェン:弦楽四重奏 作品59-2「ラズモフスキー第2番」1楽章

ヴァイオリンソナタ第一番を深く理解するために、是非聞いてみて下さい。

きっと、ヴァイオリンソナタ第一番に繋がる部分が発見できる筈です。




コラム・出会い

桐朋学園大学に入学し、私は副科ヴァイオリンを山口裕之先生にご指導頂きましたが、山口先生との出会いはそれよりずっと前になります。

山口裕之、児玉さや佳、佐藤智孝

上の写真は今から四半世紀程前、北海道での写真で、私が後列右、前列は山口先生とチェロの佐藤智孝になります。

当時、北海道で『池田町音楽キャンプ』という音楽祭・マスタークラスが行われていました。

講師は山口先生、徳丸先生、毛利先生他で、私は徳丸先生、佐藤は毛利先生の受講生として参加していました。

因みにこの時、私は高校生、佐藤は大学生、山口先生は30代後半でした。

当時の山口先生は、『答えは全てベートーヴェンに書かれている!弦楽器奏者たる者、ベートーヴェンの弦楽四重奏は必修!』という事と、『人生の半分を過ぎてしまった・・・。残りの人生、どうしよう・・・。』という事をよく雑談でお話なさっていました。

当時の先生の年齢を追い越してしまった今の私ですが、当時の先生を思い返しては、『ダメだなぁ、私は・・・まだまだこんなのでは・・・』と戒めております。